オレ様の世界 シーズン2

常識的な非常識 /マイノリティなマジョリティ / 本音のキレイごと / ラブ・アンド・ディトラクション / ようこそ、オレ様の世界へ

 

どんなに幸せになっても、悩みが尽きない理由がわかった!そして、悩みの向こう側へ…

「一つのことを解決しても、別のことで悩む」

「生きている限り、悩みは尽きない」

「人は悩む生き物だから…」

 

もっともらしく語られそうなことだ。

 

だがしかし!

 

ブログの愛読者であればすでにお分かりの通り、オレはこういうネガティブな考え方が大嫌いである。

しかも、具体的な理由がないのだから納得できるはずもない。

 

ずーっとそう思っていたが、最近とうとう分かった!

これらの言葉の本当の意味が…。

 

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別の悩みが出るプロセス

オレは悩みがあるたびに、片っ端から解決してきた。

 

結婚したかったから、婚活して結婚した。

いずれ独立するから、副業して月10万ぐらい儲かるようになった。

 

極めて順調である。

 

だがそれに反比例するように、仕事の悩みは膨らんでいった。

 

「何で、こいつらはこんなにコミュニケーションが下手なのだ!

 指示命令や脅しで、人が動くと思ってんのか?」

 

「わざわざ8時間も仕事しなくたって儲けられるだろう?

 もっと効率的にやって、やることやったらとっとと帰らせろ!」

 

要するに、婚活や結婚生活でいかに人の気持ちを動かすか分かったから、出来ない奴らに腹が立つ。

自力で一日1~2時間で月10万稼げるから、会社の非効率さに苛立ちを抑えられない。

 

だが、もともとそういう会社だったのだ。

そして、前はそれほど気にしていなかった。

 

なぜなら、婚活や副業で必死だったから。

 

つまり、何かの悩みを解決すると、今度は相対的に悩んでいなかったことに悩む。

一つのことが上手く行くと、別の上手く行っていないこと、もしくは悪くはない程度のことまで気になりだす。

 

恋愛で例えると、ぜんぜんモテないときは、少しモテるだけで嬉しい。

そうなると、今度は誰かと付き合えないことに焦る。

付き合ったら付き合ったで、恋人のイヤな部分が気になり出す。

 

そのループは永遠に続く…。

 

それが「悩みが尽きない」理由である。

 

「好き」への違和感

ところで、「好き」という言葉に違和感がある。

 

「好きな人」と一緒にいられれば幸せだし、「好きな仕事」ならがんばれる。

 

…なんかウソくさい。

キレイごとすぎる。

 

好きな人の嫌いな部分だってあるだろうし、好きな仕事に嫌気が差すことだってあるだろう。

 

人間の感情は"喜怒哀楽"。

 

その喜びと楽しみだけ抜き出したような「好き」という状態は、本当にあり得るのだろうか?

ムリに押し殺しているだけではないだろうか?

 

好きなことをしていても、悩みや不安は尽きないのではないだろうか?

 

踊りたいから踊る

先日NHKの「SWITCH」という番組を見た。

その道の達人二人の対談なのだが、オレが見た回はダンサーである田中泯さんと、左官職人の挾土秀平さん。

 

田中泯さんは、ご本人はそう言われるのがイヤらしいが、暗黒舞踏の人として知っていた。

 

暗黒舞踏とは、言ってしまえばブリーフ一丁に白塗りで変な動きをする踊りなのだが、昔見たカルト映画で知った。

 


江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間 - 予告編 - YouTube

 

まぁ映画はしょうもないのだが、冒頭に出てくるロン毛の濃い顔のおじさんの存在感が半端じゃなかった!

そして気になって調べたら、彼こそが暗黒舞踏の創始者「土方巽」。

 

それから田中泯さんにも興味を持っていたのだが、とにかくSWITCHで見た泯さんの踊りが凄かった!

 

別によほど練習しなければ出来ないような動きとは思えない。

だが、目が離せない。

 

音楽と映画以外、オレは芸術的なものに興味がない。

絵や写真、ダンスを見ても、ほとんど何も思わないのに、思わず見入ってしまった。

 

泯さん本人も言っていたが、

 

「踊りというのは、言葉がない時代に相手に何かを伝えようとするコミュニケーション。」

 

それを再現するような踊りだった。

 

そのとき、何となく思った。

 

好きだから、踊るのではない。

踊りたいから踊っているのではないか?と。

 

根拠はない。

感覚的にそう思ったのだ。

 

悩みのその先へ

先述したように、ただ悩みを解決するだけでは、永遠にそれが続いてしまう。

また、「好きなことをすれば悩みがなくなる」と言うが、それってなんかウソくさい。

 

何か根本的に間違っているような気がするのだ。

 

あくまで仮定だけれど、悩みを解決するのではなく、好きなことをするのでもない。

理由は分からないけど、いや理由なんかなくても、やりたいことをやればいいのではなかろうか?

 

ところで、オレがブログを書くのはなぜか?

 

書くのがが好きかと問われると、そんな気もするがそうじゃないようにも思う。

肩は凝るし、思っていることを上手く表現できないこともある。

 

色んな人に褒められるし、多少なりお金も儲かる。

それはそうなのだが、それだけが理由でもない。

 

結局、書きたいから書いている、としか言えない。

 

 

同じように、オレは走りたいから走っている。

 

最初こそ、肩こりがひどいなどの理由はあったが、別に走らなくてもいい。

てか、肩こりだけを直したいなら、他にもっと効果的な方法があるような気もする。

 

好きで走っているのか、習慣なのか、気持ちいいからなのか、ヒマだからなのか…

考えれば考えるほど分からない。

好きと言えばそんな気もするけど、違うような気もする。

 

やっぱり走りたいから走っている。

 

 

この辺に、悩みのループから抜け出すヒントがある気がするのだ。

というか、悩みも含めて人生を味わうような、何かが。

 

 

とりあえず、そんな小難しい話を何となく分かってくれる妻が隣にいたのは、間違いなく幸せなことなのだと思った。

 

…なんと、そんなオチで今日はおしまい。

 

 

今日の話は前に書いた↓の記事にも近い気がする。

 

www.oresama-world.com

 

 

★★★

 

月15冊は本を読むオレ様のオススメ本

 

胡散くさいが実はオレが一番伝えたい、「唱えれば夢は叶う」についての記事

  

オレ様ってだれよ?